当院について

乳がんについて

診療内容の概要

●乳癌検診の二次精密検査
●乳房腫瘤の良性、悪性の診断(画像診断、穿刺(せんし)吸引細胞診、針生検、マンモトーム生検)
●早期乳癌の治療(乳房温存手術、乳房切除術、センチネルリンパ節生検、乳房再建)
●進行乳癌の治療(術前化学療法、術前ホルモン療法、手術的治療、放射線治療)
●再発乳癌の治療(外来化学療法、痛みのコントロールなど緩和ケアチームとの連携)
●積極的な先端医療の提供
●セカンドオピニオンの応需、実施
●オンコプラスティック・サージェリー(根治性と整容性を重要視した乳房温存手術やブレスト・インプラントを用いた乳房再建術)の実施
●就労など社会復帰の支援

1.乳がんとは?

乳がんは乳房にある乳腺(母乳をつくるところ)に発生するがんです。症状としてはしこりがもっとも多く、乳頭から血がでる、乳頭や皮膚がくぼむといった症状などがあります。初期には全身症状はほとんどあリませんが、気づかずにそのままにされると、乳房の外までがんが転移し、リンパ管や血管を通って全身へと広がります。現在、女性が患うがんの第1位で、今後も増えると考えられています。日本女性のうち、生涯に乳がんを発症する割合は14人に1人で、年間約6万人以上が乳がんを発症しています。また、亡くなる方は年間約1万2千人となっています。
乳がんで命を落とさないようにするためには早期に発見し適切な治療を行うことが第一と考えられています。今日、乳がん検診ではマンモグラフィーを行うことを勧めています。乳がんと診断されても早期ならば10年生存率は約90%です。
乳がんはいろいろな要因が関連することがわかっています。乳がんの発生、増殖には、女性ホルモンであるエストロゲンが重要な働きをしています。これまでにわかっているリスクの中には、体内のエストロゲンに影響するものがほとんどです。体内のエストロゲンが高いこと、また、経口避妊薬の使用や閉経後のホルモン補充療法によって乳がん発病のリスクが高くなります。生理的要因としては、初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産歴がない、初産年齢が遅い、授乳歴がないことがリスクとされています。飲酒や喫煙習慣によりリスクが高くなり、また運動による乳がん予防効果も実証されています。これらのリスクについては「患者さんのための乳癌診療ガイドライン 2012年版」(日本乳癌学会)にわかりやすく掲載されています。ぜひ参考にしてください。
また、遺伝性乳がん卵巣がん症候群など遺伝的要因が強い家系があることも知られています。気になる方は外来担当医にご相談ください。当院では乳腺専門医がHBPC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)コンソーシアムに参加するなど遺伝相談に対する準備も進めています。ただし、BRCA1/BRCA2など遺伝子検査は行っておりません。必要と思われる方には他院の遺伝カウンセリングを紹介しています。
乳がんは5年相対生存率が89.1%(2003年~2005年)といわれ、診断されたのちも多くの方が生存し続けることができることから、乳がん経験者に対する就労を含めた社会復帰支援が注目されています。当院では乳がんと告知した時から、これらの支援を開始するように努力をしています。①乳がんと告知した時に安易に退職してしまわないように促す、②診療時に就労内容を配慮する、③休業期間を含む治療期間の予想を立て治療の見通しを明確にするなどです。必要時は労働衛生コンサルタントの資格を有し、産業医経験のある乳腺専門医が対応します。

2.診断と治療について

私たちは科学的根拠(エビデンス)に基づいた高い水準での正確な診断、治療を行うとともに、分りやすい説明を心がけ、十分なご理解(インフォームドコンセント)を得たうえで、それぞれの患者さんに最も適した治療をお勧めしています。特に手術や病状の説明には力を入れています。十分な時間を確保するとともに、化学療法や緩和医療の専門看護師と協力し、それぞれの専門性を生かした説明に努めています。
現在、乳がん治療は手術をはじめ放射線療法、ホルモン療法、化学療法、分子標的療法などの薬物療法などの治療を組み合わせる集学的治療が主流となっています。当院では、外科、麻酔科、放射線科、病理部、形成外科、整形外科(骨転移の診断、治療)、脳外科(脳転移の診断、治療)、胸部外科(肺転移の診断、治療)、リハビリテーション科、緩和ケアチーム、救急部が協力し集学的治療を行っています。診療のガイドラインとして、乳癌診療ガイドライン(日本乳癌学会編)、NCCN (National comprehensive cancer network) のガイドライン、ヨーロッパのザンクトガレン2013 のコンセンサスレポートなどの科学的根拠(エビデンス)に基づいて治療法を決定しています。2014年4月現在、日本乳癌学会乳腺専門医2名、マンモグラフィー読影試験認定医5名(A判定2名、B判定5名)、マンモグラフィー技術認定技師5名が配属されています。また、患者さんが納得いく治療を受けられるようセカンドオピニオンも受け入れています。他の病院から求められた場合は、乳腺外来で私たちの考え方を提示しています。また当院の患者さんがセカンドオピニオンを希望された場合は要望に応じ、ご希望の病院をご紹介しています。

2-1.診断の手順

2-1-1 問診と触診

最初に簡単な問診と担当医師が今回受診された経過をお聞きし、触診を行います。 特に家族歴(叔父・叔母や従姉妹を含む)に乳がんや卵巣がんを患った方がいる場合はお知らせください。

2-1-2 検査

2-1-2-1 マンモグラフィー(乳房のレントゲン写真)

専用のレントゲン撮影装置で乳房をはさんで写真を撮ります。その際に乳房を圧迫しますので痛みを伴うことがあります。しかしながら乳房を引き出して十分にのばすことで乳腺の重なりがなくなるので、マンモグラフィー画像への影響が少なくなり、小さな腫瘤や石灰化などの病変が描出されやすくなります。また、しっかりとのばすことで被ばく線量も少なくすることができます。
当院ではマンモグラフィーの読影を診断時だけでなく、後日(1週間に1回)、有資格者が集まってマンモグラフィーの再読影を行い、病変の見落としがないように努めています。仮に診断時には指摘できなかった病変を再読影で指摘し得た時は、改めてご連絡をいたしております。

2-1-2-2 エコー(超音波検査)

触診やマンモグラフィーで気になるところがあれば、エコーで確認します。マンモグラフィーに比べて石灰化の診断は困難ですが、しこりの描出には優れており、特に乳腺の厚い若い人の診断には有用です。マンモグラフィーでもわからない病変が描出されることもあります。

2-1-2-3 穿刺吸引細胞診

細い針を病変に刺して細胞を取って調べる検査です。エコーで見ながら針がしこりに当たるのを確認して細胞を取ります。細胞を直接検査できるので、良性か悪性かの診断をほぼ確定することができます。結果が出るまで数日が必要です。リンパ節転移が疑われる患者さんにはそのリンパ節にも細い針を刺して細胞を取って調べることがあります。

2-1-2-4 針生検

細胞診では診断が困難な場合や腫瘍の詳細な情報を得るために行います。局所麻酔をして少し太めの針で組織をとります。結果が出るまで約1週間かかります。細胞診より正確な診断ができます。

2-1-2-5 ステレオガイド下マンモトーム生検

マンモトームシステム

マンモグラフィー以外の検査では描出困難な石灰化病変に対して行う検査です。うつ伏せに寝ていただき、レントゲン写真をとり病変の位置を正確に計測し、5mmほどの小さな傷から病変を採取して病理組織診断を行います。当院では2007年3月から稼動を開始しました。

2-1-2-6 MRI検査

各種の画像診断で乳がんの診断が難しい場合や、乳がんと診断された際に、乳がんが乳房のなかでどのくらい広がっているかを診断するための検査です。乳房温存手術が可能かどうかを判断するときにも有用です。また、リンパ節の転移の状況も推測できます。通常、がんと血流との関連をみるために造影剤が必要です。閉経前の方では生理の前後で乳腺のコンディションが変化し画像に影響を及ぼすことがありますので、月経周期を考慮してMRIの撮影日を決定します。

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2-1-2-7 CT検査

乳がんと診断された際に、がんの全身への広がりを調べるための検査です(PETも有用ですが、当院では施行できませんので必要時は東名古屋画像センターで行っていただきます)。腋窩リンパ節転移の評価にも有用です。通常、がんと血流との関連をみるために造影剤が必要です。また、手術前後を通して、肺や肝臓など他臓器の状態も詳しく調べることができます。

2-1-2-8 乳管造影検査

乳頭からの異常な分泌液がある方に行います。分泌液の出てくる乳管を決定して、そこから造影剤を入れてレントゲンを撮り、病変を診断します。必要があれば病変を採取して病理組織診断をすることもあります。

2-2.治療

乳がんの治療には、外科療法、放射線療法、薬物療法があります。外科療法(手術)と放射線療法は局所の治療であり、薬物療法は全身の治療です。最近は、化学療法やホルモン療法、放射線照射法が進歩したことから、手術のみではなく、患者さんの病状に応じて、これらの治療法をうまく組み合わせて治療を行うことが多くなってきています。
乳がんの初期治療(明らかな遠隔臓器転移がなく、切除可能な状態への治療)は目に見えるもの(画像などで評価できるもの)に対する治療と見えないもの(画像などでは評価できないもの)に対する治療に分かれます。乳がんをタンポポに例えると、タンポポ自体は目に見えるので刈り取ることができますが、タンポポの綿毛はどこに飛んだか分かりません。浸潤癌であれば、がん細胞が周囲組織に浸潤していき、血管やリンパ管を介して全身へ広がる可能性を有しています(微小転移)。大きな癌であればたくさん綿毛を飛ばす可能性がありますし、組織学的に悪性度が高ければ個々の綿毛が強いことになります。このタンポポの治療に相当するのが乳房と腋窩リンパ節に対する手術を中心とした治療であり、綿毛に対する治療が薬物による全身治療です。タンポポを刈り取った後に除草剤をまくことをイメージしてください。乳がんは再発すると治療成績が悪くなります。したがって再発させないための初期治療が非常に重要です。

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NHKハートフォーラム講演資料より抜粋

2-2-1 外科療法(手術)

乳がんの最も基本的な治療は手術です。体内のがん細胞を一度に取り除くことが治癒への近道であり、他の治療法を加える際にも、手術によりがんの量を少しでも減らした方が、他の治療を成功させる確率が高くなります。現在、乳房に行われる手術には主に以下の2つの方法があります。

2-2-1-1 乳房温存手術

乳がんを含む乳腺の部分切除です。乳房は大部分が残ります。乳房温存手術が行えるのは基本的に乳がんが大きくない場合です。ただし残存乳房からの局所再発が懸念されるため、多くの場合は残した乳房に放射線照射を行います(週5日間、5週間の通院が必要です)。
当院では根治性と整容性を重視し、術前にMRIで病変の広がりを十分に評価したうえで安全な切除断端を確保するように努めています。また、メスを入れる位置や向きなどのデザインに工夫を凝らし、手術中にも半坐位などへの体位変換を行って、できる限り乳頭の位置が左右対称となるように心がけています。

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2-2-1-2 乳房切除術

左乳房全摘

術前の画像診断などでがんが乳房の中で広がっている方に行います。皮膚の大部分は残し、その下の乳房をすべて切除します。胸の筋肉は切除しません。男性の胸の形に近くなります。希望される方には乳房再建術を検討します。
現在では乳房温存手術、乳房切除術どちらを選ばれても生命に及ぼす影響には差はないことがわかっています。

現在、わきのリンパ節に行われる手術には主に以下の2つの方法があります。

2-2-1-3 センチネルリンパ節生検

センチネルとは「見はり」という意味であり、センチネルリンパ節は乳がん細胞がリンパ管を通って最初に到達するリンパ節のことを指します。センチネルリンパ節に転移がない時、多くの場合、その他のわきのリンパ節にも転移がないということがわかっています(正診率95%以上)。術中にセンチネルリンパ節への転移を調べて、ここに転移がない場合、他のリンパ節の切除を省略できます。わきのリンパ節を切除しないので術後に腕がむくむといった後遺症に悩まされることが少なくなります。乳房温存手術、乳房切除術どちらを選ばれても術前にリンパ節への転移がないと予想される患者さんに行います。ただしセンチネルリンパ節生検でわきのリンパ節への転移が確認された方には腋窩リンパ節郭清を追加します。

2-2-1-4 腋窩郭清(えきかかくせい)

わきのリンパ節の切除を行う方法です。術前にわきのリンパ節への転移があると予想される患者さんや、センチネルリンパ節生検で術中にわきのリンパ節への転移が確認された方に行います。がんの転移の可能性があるリンパ節をすべて取り除きます。乳房温存手術、乳房切除術どちらを選ばれてもリンパ節への転移があると考えられる患者さんに行います。

乳がん術後職場復帰までに要する期間は、個々の就労内容や術式にもよりますが、我々の行った調査では、およそ1ヵ月程度と考えている医師が多いようです。

2-2-1-5 乳房再建手術

乳房再建術は乳房の全切除後に乳房の形(ふくらみ)をつくる方法です。乳房切除術をうける必要のある方で、乳房のふくらみを残したいと希望された場合に再建術を考慮します。ご希望に応じ一期的(乳がんの手術と同時)、二期的(乳がんの手術後に一定期間をおいて)に乳房再建術を行います。乳房再建術はお腹や背中の筋肉や脂肪をもちあげて乳房の形をつくる自家組織再建とブレスト・インプラント(人工物)で乳房の形をつくる再建方法があります。2014年1月に乳房の形をより反映したタイプのブレスト・インプラントが保険適応となりました。当院では日本オンコプラスティックサージェリー学会より、エキスパンダー・インプラントともに実施施設として認定されています(2013年8月より)。
再建例の手順として当院で主として実施している1次2期再建の流れを以下に示します。

1)手術と同時にエキスパンダー(拡張器)という乳房の膨らみを作る拡張器を胸筋の間に挿入します。エキスパンダーは切除する乳房の形を再現できるよう形やサイズを合わせます。

2)数か月かけて外来でエキスパンダーに水をいれて拡張し、ふくらみを大きくします。

3)十分に拡張したのちにしばらく皮膚を安定化させます(手術後半年程度必要です)。

4)エキスパンダーを取り出し、乳房の形に合わせたブレスト・インプラントと交換します。

自家組織再建と人工物の再建で迷っている方は、エキスパンダーを拡張したときの形を見てから最終的な再建方法を選択することも可能です。ただし、病気の広がり具合やリンパ節転移状況によってはご希望とする再建術を実施できない場合があります。

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2-3.手術の危険性、合併症について

手術は人間が行うものであり、全く危険や合併症がないわけではありません。当院ではこれまでに手術中に重大な事故が起きたことはありませんが、合併症の危険性が全くないわけではありません。軽微なものとしては薬に対するじんま疹(軽度のアレルギー)などが挙げられます。その他、特に腋窩郭清を行った方は手術をしたわきの部分に違和感が残ることがあります。また、手術した側の腕がむくむ症状(リンパ浮腫)がでる場合もありますが、このような場合は当院のリンパ浮腫外来で継続的に対応いたします。

2-4.実際の入院生活と手術について

基本的には、短期間入院で約5日から10日間の入院です。しかし年齢等により術後経過に個人差があります。特に腋窩郭清を行った方はドレーンといってわきにたまった液体を外に出すための管が入ることが多いので、液体が少量になりドレーンが抜けるか、ご自身で処置できるようになるまで入院が必要です。また乳房再建術をうけられた方はドレーンが抜けるまでの期間が少し長くなります。

手術後に付添いは必要ありませんが、手術中にトラブルが起きないとも限りません。どなたかご家族の方が、手術前1時間くらいから手術後2~3時間くらいはそばにいてください。

2-5.担当となる主治医について

当院の方針として、手術を担当する主治医は当方でよく協議した上で決めさせていただいています。また、手術前は、外来担当医師より術前検査の結果や手術術式等の説明があります。手術をするにあたって、配偶者または親権者の同意が必要です。この時は必ずご家族の方(配偶者、親権者等)と一緒に受診してください。

2-6.手術後の治療

放射線治療
乳がんは多くの場合しこりを中心にまわりの乳管に沿って進展していく特徴があります。手術でとった乳がんとその広がりをよく調べた上で、温存手術後の多くの方に放射線治療を行います。放射線にはがん細胞を死滅させる効果があります。放射線治療は放射線をあてた部分にのみ効果がある局所の治療です。手術でがんを切除した後に乳房やその周囲の局所再発を予防する目的で行います。また骨に転移した場合、骨の痛みによる症状を緩和するために行われたり、脳の転移に対して行われたりすることがあります。

薬物治療
乳がんの治療に用いられる薬は、ホルモン療法、化学療法、分子標的療法の3種類に大別されます。手術後の再発予防のための治療として、乳がんのいろいろな生物学的因子から考慮し現在の科学的根拠(エビデンス)に基づいて薬剤を選択します。

a) ホルモン療法
乳がんの約70%はホルモン受容体を持っており、これらの乳がんの増殖には女性ホルモン(エストロゲン)が影響しています。手術でとった乳がんのホルモン受容体を検査することにより、女性ホルモンに影響されやすいか否かがわかります。女性ホルモンに影響されやすい乳がんはホルモン療法による効果が期待できます。ホルモン療法には抗エストロゲン剤、アロマターゼ阻害剤などがあります。ホルモン療法の副作用は、化学療法に比べて一般的に極めて軽いのが特徴です。

b) 化学療法(抗がん剤)
化学療法は細胞分裂のいろいろな段階に働きかけて体中のがん細胞を死滅させる治療です。化学療法には、多かれ少なかれ副作用が予想されます。化学療法はがん細胞を死滅させる一方で、正常の細胞にも作用し、白血球、血小板の減少、吐き気や食欲低下、脱毛などの副作用があらわれます。副作用よりも効果が期待できるときには科学的根拠(エビデンス)に基づいて化学療法をお勧めしています。

c) 分子標的療法(ハーセプチン)
乳がんのうち20%~30%は、乳がん細胞の表面にHER2(ハーツー)タンパクと呼ばれる特殊なタンパク質を持っており、このHER2タンパクは乳がんの増殖に関与しています。このHER2をねらい撃ちした治療法が分子標的療法(ハーセプチン治療)です。これにより治療効果がかなり向上しました。ただしハーセプチン治療はHER2タンパク、あるいはHER2遺伝子を多く持っている乳がんにのみ効果があります。

2-6-1 放射線治療

乳がんは多くの場合しこりを中心にまわりの乳管に沿って進展していく特徴があります。乳房温存手術をうけた方には、手術で切除した乳がんとその周りの組織を顕微鏡でよく調べた上で、放射線治療を行います。放射線にはがん細胞を死滅させる効果があります。放射線治療は放射線をあてた部分にのみ効果がある局所治療です。手術でがんを切除した後に乳房やその周囲の局所再発を予防する目的で行います。
また、リンパ節転移が多い方や、がんのリンパ管への広がりが高度な方にも手術後に放射線治療を行う場合があります。さらに、骨に転移した場合、骨の痛みなどの症状を緩和するために行います。また、脳の転移に対して行うこともあります。
放射線治療中の就労については、職場から通院に対する配慮が得られれば就労可能となる場合が多く見られます。個々の病状によっても異なりますので、ご不明なことがあれば担当医にご相談ください。

2-6-2 薬物治療

乳がんの治療に用いられる薬は、ホルモン療法、化学療法、分子標的療法の3種類に大別されます。手術後の再発予防のための治療として、乳がんのいろいろな生物学的因子を考慮し現在の科学的根拠(エビデンス)に基づいて薬剤を選択します。

2-6-2-1 ホルモン療法

乳がんの約70%はホルモン受容体を持っており、これらの乳がんの増殖には女性ホルモン(エストロゲン)が影響しています。乳がんのホルモン受容体を検査することにより、女性ホルモンに影響されやすいか否かがわかります。女性ホルモンに影響されやすい乳がんはホルモン療法による効果が期待できます。ホルモン療法には抗エストロゲン剤、アロマターゼ阻害剤などがあります。ホルモン療法の副作用は、化学療法に比べて一般的に極めて軽いのが特徴です。ただし、ホルモン療法のみで初期治療を完了する方もいれば、化学療法を行った後にホルモン療法を行う方もいます。ホルモン療法は治療期間が5年(最近10年の方が有効とする研究成果も報告され、治療期間が見直されています)と長期に渡り、かつ副作用も許容されることが多いため、治療しながら就労される方が多くみられます。

2-6-2-2 化学療法(抗がん剤)

化学療法は細胞分裂のいろいろな段階に働きかけて体中のがん細胞を死滅させる治療です。化学療法には、多かれ少なかれ副作用が予想されます。化学療法はがん細胞を死滅させる一方で、正常の細胞にも作用し、白血球、血小板の減少、吐き気や倦怠感、脱毛などの副作用があらわれます。副作用よりも効果が期待できるときには科学的根拠(エビデンス)に基づいて化学療法をお勧めしています。乳癌の初期治療ではアンスラサイクリン系とタキサン系の薬剤を用いることが一般的です。一方を用いる場合や両方を順次投与する場合があり、治療期間は3ヵ月から6か月に及びます。いずれの薬剤も脱毛が起こります。我々の行ったアンケート調査では、抗がん剤治療を受けた患者さんの70%以上が職場復帰に影響する要因として脱毛を挙げました。また、抗がん剤の内容や治療期間にもよりますが、抗がん剤治療終了後から職場復帰までに要する期間として1から3か月との回答が多く見られました。

2-6-2-3 分子標的療法(ハーセプチン・パージェタ・アバスチン)

乳がんのうち20%~30%は、乳がん細胞の表面にHER2(ハーツー)タンパクと呼ばれる特殊なタンパク質を持っており、このHER2タンパクは乳がんの増殖に関与しています。このHER2をねらい撃ちした治療法が分子標的療法(ハーセプチン・パージェタ)です。これにより治療効果がかなり向上しました。ただしハーセプチンやパージェタの治療はHER2タンパク、あるいはHER2遺伝子を多く持っている乳がんにのみ効果があります。また、がんによる血管新生を阻害するお薬(アバスチン)と抗がん剤を組み合わせることで高い腫瘍縮小効果が得られています。

このように乳がんは、がん自体が小さくてもその生物学的な特性によっては、再発させないために抗がん剤の治療が必要不可欠な場合があります。手術と抗がん剤の治療を組み合わせた場合は治療期間が半年以上に及ぶことも少なくありません。ただし、初期治療を完遂すればその後は3から6ヵ月ごとの定期的な通院を要するだけで日常生活に支障を来すことはあまりありません。したがって、初期治療中または初期治療後のしばらくの間、家庭や職場で何らかの支援が得られれば、その後は従来通りの社会生活や就労が可能になることがほとんどです。

2-7.再発乳がんの治療

再発が確認された患者さんの治療も重要です。局所再発以外の遠隔転移再発が確認された方が治癒することは少ないので、現在のところ再発患者さんの治療で最も大切なことは患者さんの生活の質(QOL、Quality of life)を落とさずに長期間の生存を得ることと考えられています。外科の主治医が放射線科(局所再発、骨転移、脳転移などの治療)、整形外科(骨転移の診断、治療)、脳外科(脳転移の診断、治療)、胸部外科(肺転移の診断、治療)に必要に応じて連携をとり、それぞれの患者さんに最適な治療法を行っております。また痛みのコントロールなど緩和ケアチームとの連携もとりながら診療にあたっています。

2-8.治療法の選択

乳がんの治療の第一は手術です。画像診断(マンモグラフィー、エコー、CT、MRIなど)でがんの範囲を正確に診断して、がんを手術で完全にとりきることです。がんがすべてとりきれる範囲を決定して、部分的に乳房を切除してもある程度形の整った乳房が残せると判断すれば、乳房温存手術をお勧めしています。当院では特にオンコプラスティックサージェリーの観点から温存乳房の整容性にこだわりを持って手術を行っています。しかし、がんが広範囲に広がっている場合には切除範囲が大きくなり温存手術後の整容性は期待できませんので乳房切除術を行います。乳房切除術を施行する際には、患者さんのご希望に応じて、一期的あるいは二期的な乳房再建術も行います。乳房再建術はシリコン・インプラントによる再建も保険適応となりましたので積極的に導入しております。
乳がんが大きくて乳房温存手術の適応ではない患者さんで、乳房温存術を希望される方には、術前に化学療法を行ってがんを縮小させてから温存手術を行う方法もあります。現在、この術前化学療法を行う患者さんが増えてきています。ただし、がんがどのくらい縮小するかは個人差がありますので、術前化学療法を行った方のすべてに乳房温存手術が可能になるわけではありません。
術前化学療法のもう一つの利点は、治療効果が判断しやすいことです。術前に化学療法を施行した場合には乳がんの大きさがその薬の効果と関連するので、がんが小さくなる場合は治療を継続し、効果がなく、小さくならない場合はその薬を早めに変更あるいは中止することが可能です。術前化学療法の欠点としては手術するまでに乳がんが進行し大きくならないか心配なことですが、現在では術前化学療法の最中にがんが進行することは少ないことがわかっています。術前化学療法の適応のある患者さんには良い選択肢と考えます。