1990年代に入り、本邦で大腸疾患の手術に腹腔鏡手術が応用されるようになり、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院外科では、1995年より大腸癌に対し腹腔鏡手術の適応を開始しました。開始当初は、比較的早期の結腸癌に適応を限定していましたが、徐々に適応を拡大して、現在では進行結腸癌や直腸癌まで腹腔鏡手術を行うようにしています(ただし、癌が近くの臓器に浸潤していたり、お腹の中に強い癒着があったりする場合を除く)。図1に示すように、大腸手術において年々腹腔鏡手術の手術件数と比率が増加しています。最近の1年間では、約70%の大腸切除の患者さんに腹腔鏡手術を施行しています。
今までに施行した腹腔鏡下大腸手術の件数は2000例を超えました。また、この手術を行った疾患では癌を含めた悪性腫瘍が圧倒的に多いのですが、病変の部位は限定せず、いずれの部位でも適応としています(図2)。技術的な難度の高い直腸・横行結腸・下行結腸の病変に対しても相当数の腹腔鏡手術を行っています。
図 1 | 図 2 |
腹腔鏡手術の魅力は手術による腹部の傷が小さいことです。通常、大腸の開腹手術では腹部を20~30cm切開しますが、腹腔鏡手術であれば4~6cm程度の傷一ヵ所と1cm程度の傷を数ヵ所切開すれば手術を行うことができます。(図3)術後の痛みの程度、腸運動の回復、最初に歩行(離床)した日、術後の入院期間など、患者さんの体力の回復の早さは明らかに開腹手術より優れています。
図3 |
腹腔鏡手術は開腹手術に比べ視野が狭く器具の扱いなどに関して高度の技術が必要であるため、しばしばその安全性が問題とされます。しかし、当科の開腹移行率(腹腔鏡手術をあきらめて開腹となる確率)は4.8%と低く、相当数の患者さんで腹腔鏡手術を完遂しているにもかかわらず、手術に関連する死亡率は0.15%に抑えられています。また、この手術ではお腹を炭酸ガスで膨らませて視野を確保するため、下肢静脈血栓とそれに伴う肺塞栓症の発生が危惧されますが、肺合併症の発生率は開腹手術と差はなく、今までのところ、術後の肺塞栓症は経験しておりません。縫合不全(腸を縫い合わせたキズがうまくくっつかないこと)や腸を体外に取り出すための小開腹創の感染がやや多いような印象がありますが、これは、難度の高い手術(肛門近くの直腸癌の切除・吻合など)を積極的に行っていること、いろいろな余病(糖尿病・腎疾患・心疾患など)を抱えた患者さんの手術が増加していることなどに起因していると考えています。もちろん、私たちはこのような合併症を減らすよう日々努力と工夫を重ねております(図4)。
図 4 |
現在も、癌の治る確率が下がる恐れがあるという理由で進行大腸癌に対する腹腔鏡下手術を敬遠している病院が多いようですが、最近では海外や国内各病院より、進行癌でも術後の生存率や再発率は開腹手術と変わりはないという報告がなされています。私たちも癌の根治性を十分に意識し、腹腔鏡手術といえども、開腹手術と同程度に癌病巣と周辺リンパ節の切除を行うよう努力しています。図5に日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院外科で大腸癌手術を行われた患者さんのステージ(癌の進行度)別の生存率を示します。ステージ0またはⅠの早期癌ばかりはなく、ステージⅡまたはⅢの進行癌においても、腹腔鏡手術術後の生存率は従来のものとくらべ勝るとも劣らないという成績を得ることができました。また、以前より腹腔鏡手術で危惧されていたポート部(腹腔鏡や鉗子を通す腹壁の孔)の再発は1例も経験しておりません。
図 5 |