当院について

髄膜腫の手術専門外来

髄膜腫の手術専門外来

この外来は、おもに頭の深い部分に、髄膜腫などの腫瘍が生じた患者さんの治療や手術方法について、ご相談を受けるためのものです。
当院は全国的にも有数の神経内視鏡手術チームを備えており、脳神経外科で従来から行われている開頭顕微鏡手術のほかに、内視鏡を用いた鍵穴手術(かぎあなしゅじゅつ)、鼻から脳底部の手術を行う内視鏡下経鼻的頭蓋底手術、内視鏡下開頭-経鼻同時手術など、高度な手術選択肢を提供することができます。複数の手術選択肢の中から、それぞれの患者さんにとって最も確実で、脳や体に負担が少ないと考えられる手術法を選び、施行しています。

*【開頭手術と鍵穴手術について】

頭のなかの手術をする際には、まず頭蓋骨に1.5cmほどの穴を3-5か所程度にあけます。この穴をもとに頭蓋骨の一部を切りとって骨を外すことを、開頭(かいとう)といいます。
通常の開頭手術は、病変の場所や大きさに応じて6-10㎝程度にわたって頭蓋骨を外すため、皮膚切開が大きく出血量が増えたり、脳が広く露出されて不要な脳損傷につながったり、将来的には開頭した部分の骨や皮膚が萎縮してへこんでしまったりといった問題がありました。
これに対して、3cm前後の小さい開頭で行う方法を小開頭または鍵穴手術(かぎあなしゅじゅつ)といい、体や脳への負担が小さく見た目にも優れていることから、低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)とも呼ばれます。
鍵穴手術は出血や体へのダメージが少なく見た目にもスマートな方法ですが、これまではごく一部の習熟した医師が行うのみで、あまり普及しませんでした。それは、脳神経外科医が扱い慣れた顕微鏡で手術する場合、開頭を小さくすると深い場所での観察がしにくく、手術難易度が上がるためです。
一方、この15年ほどで急速に発展した内視鏡手術は、深い場所で非常に明るく鮮明な画像が得られ、大きな開頭ではむしろ手術がしにくくなるという、まさに鍵穴手術に適した特徴を備えています。私たちはこの特徴を生かし、顕微鏡の代わりに内視鏡を用いることで、より確実性を高めた鍵穴手術を行っています。ただし内視鏡下鍵穴手術にも高度な習熟が必要ですので、神経内視鏡手術の専属チーム(専属医師3名+名古屋大学からの研修医師)によって行われます。

一般的な開頭術
上:前頭側頭開頭
下:両側前頭開頭
 鍵穴手術(かぎあなしゅじゅつ)
上:前方の病変への鍵穴手術
下:側方、後方の病変への鍵穴手術

図1:一般的な開頭手術と、鍵穴手術(かぎあなしゅじゅつ)

赤線が皮膚切開、グレーの範囲が開頭範囲(頭蓋骨を切って外す範囲)です。
左は脳神経外科でよく行われる前頭側頭開頭、両側前頭開頭といわれる手術法です。皮膚を大きく切開して頭蓋骨に3-5か所程度穴をあけたのち、広く開頭します。よく行われる手法ですが、筋肉を大きく剥がすために術後の腫れや痛みが強くなったり、出血量が増えたり、数年後に開頭部や筋肉がへこんでしまったりするのが難点です。
右が鍵穴手術で、眉毛や髪の生え際などで皮膚切開し、筋肉はほとんど剥がさずに1つの穴から3㎝前後の小開頭を行います。内視鏡を用いることで、小さい開頭からも安全に手術を行うことができるようになりました。なお、頭の正中付近の病変では、開頭せずに鼻からの内視鏡手術を行うことも多くなっています。

ここでは、髄膜腫について詳しく説明をしていきます。その他の腫瘍についてもご相談を受けておりますので、外来にてお尋ねください。

【髄膜腫とその治療方針】

髄膜腫(ずいまくしゅ)は、頭蓋骨のなかで脳を包んで保護している袋状の膜の一部が腫瘍化したもので、頭の中にできる腫瘍としては最も多いものです。年齢とともに診断される割合が上がる腫瘍であり、社会の高齢化に伴って、先進国では生涯を通じて約100人に1人が髄膜腫の診断を受けるといわれています。髄膜腫の80%程度は良性(世界保健機関の分類でグレードIと表現します)とされ、腫瘍の成長速度もゆっくりであることが多いため、無症状であればそのまま外来で経過観察します。
腫瘍による圧迫や脳のむくみ(脳浮腫:のうふしゅ)によって神経症状がでてきた場合や、てんかん発作がおきる場合、または早期手術が勧められる前床突起部髄膜腫など一部の症例に対して、手術をお勧めします。残念ながら髄膜腫に治療効果のある薬物療法は確立されていません。放射線治療は一定の効果がありますが、放射線照射による好ましくない影響を回避するため、通常は、手術で取りきれない場所に残った腫瘍に対して、追加治療として行います。

【髄膜腫の手術について】

髄膜腫は、おそらく脳腫瘍のなかでももっとも手術の難易度に幅がある腫瘍です。駆け出しのドクターが午前中にとり終えてしまえるようなものから、脳腫瘍の名手が丸一日全力を傾けてもとりきれないものまで、症例ごとに天と地ほどの差があります。それは、髄膜腫が頭の表面から非常に深いところまで、さまざまな場所に生じる腫瘍であることが一因です。一般的に、より深い場所ほど手術のスペースが限られ、また重要な脳神経や血管が多く存在するため、複雑な手術手技が要求されることが多くなります。

このような深い場所の髄膜腫に対する手術の安全性を増すために私たちが取り入れているのが、神経内視鏡です。スペースの限られた深い場所でも広く明るい視野で観察ができるという、内視鏡の特性が生きるためです。顕微鏡手術を行った後に内視鏡をいれて追加摘出を行う手法も行ってきましたが、現在は内視鏡単独で手術することが増えました。また、一部の髄膜腫は頭を切らずに、鼻の穴から摘出することができます。

これから、髄膜腫に対して私たちが行っている手術についてご紹介していきます。

1. 開頭手術(かいとうしゅじゅつ)

従来から脳神経外科で広く行われてきた方法です。顕微鏡手術は歴史も長く完成度の高い手法ですが、最大の弱点は深部に向かうほど視野が狭くなり死角ができやすくなることです。そのため大きい皮膚切開と開頭を行って、脳と脳の間を広く広げたり、頭蓋底手技と呼ばれる複雑な手術手技を追加したりして、術野を拡げる工夫が必要になります。

 

↑術前MRI:鞍結節という部の髄膜腫です(いびつな形をした白い塊が腫瘍)

  

↑ 術中所見:左は皮膚切開と開頭範囲をマジックで書いて計画したところ、真ん中は実際に骨を切って外した場面、右は顕微鏡による手術中の視野(視神経や下垂体茎という組織を確認しているところ)です。

2. 内視鏡での鍵穴手術(かぎあなしゅじゅつ)

2.5cm~3.5cm程度の小開頭で、内視鏡を用いて鍵穴手術を行っています。過去の経験から、小さすぎる開頭(2cm以下)は腫瘍摘出を行うには安全性、確実さに欠けると考えています。
内視鏡は、深いところでも広くて明るい視野が得られ、斜めや側方も見られることが特徴です。内視鏡による鍵穴手術ではこの利点を生かし、必要最小の開頭で、手前の脳への圧迫を最小限に抑えながら、深い場所でも広い視野のもとに手術を行うことができます。

 

↑ 鍵穴手術の皮膚切開:左2枚は眉毛の中での切開(術前後)、右2枚は髪の生え際での切開(髪を上げた時と下した時)です。どちらも術後1週間ほどの写真ですので、最終的に切開線はもっと目立たなくなります。

 

↑ 術前MRI:嗅窩という部にできた髄膜腫です。

 

↑ 術中所見:左は3.5×2.5cmの小開頭、右二枚は内視鏡の画像です。嗅窩は顕微鏡で横から見ると死角ができやすい場所ですが、内視鏡では広く死角のない視野が得られます。この方も左側の嗅神経がよく観察でき、嗅覚を残すことができました。

  

↑ 術後画像: MRIで腫瘍の良好な摘出が確認できます。右はCTの立体画像で、小開頭をした骨が金属のプレートで止めてあるのが分かります。

3. 内視鏡下経鼻的頭蓋底手術

頭を切らずに鼻の穴から行う手術のため、髪を切ったり開頭をしたりする必要がなく、見た目には手術の痕が残りません。もともと下垂体腺腫(かすいたいせんしゅ)に対して行われてきた手術法を応用したもので、「鞍結節部髄膜腫(あんけっせつぶずいまくしゅ)」や「斜台部髄膜腫(しゃだいぶずいまくしゅ)」などが対象となります。
見た目のキズの問題だけでなく、視神経管(ししんけいかん)の中に入りこんだ腫瘍をとったり、視神経に栄養を送る重要な血管をきちんと残したりという、この手術の重要な場面では、鼻側から到達する方がより詳細な視野が得られ安全であると考えています。ただし鼻から手術できる腫瘍のサイズや広がり方には限界がありますので、この場所の髄膜腫でもすべての患者さんに行えるわけではありません。
なお当院では、通常は一度の手術で取りきるのが難しいような大きい腫瘍などに対して、鍵穴手術と経鼻手術を同時に行う開頭-経鼻同時手術によって一度に摘出することもあります。

  

↑ 経鼻内視鏡手術のイメージ

 

↑ 術前MRI:鞍結節部髄膜腫です。視神経に沿って腫瘍が入り込んでおり(赤矢印)、時に失明の原因になりますので、ここをきちんととりきれるかが手術のポイントです。

  

↑ 術中所見:右の画像は、視神経の下面に入り込んだ腫瘍をすべて取り除いたところです。

 

↑ 術後画像

【開頭-経鼻同時手術】

これまでにお示しした開頭顕微鏡手術や内視鏡での鍵穴手術と、経鼻内視鏡手術を同時に行う方法です。大きく広がった腫瘍に対し、2方向から摘出をすすめることで取り残しをなくし、神経や血管など重要な構造物を守ることが目的です。
内視鏡と内視鏡の同時手術は、術達した内視鏡術者を3名抱え、複数の神経内視鏡を保有している、当院ならではの手術と言えます。

 

↑ 内視鏡での鍵穴手術と経鼻内視鏡手術の、同時手術を準備しているところです。2台の内視鏡と複数のモニターが並んでいます。

↑ 左は内視鏡での鍵穴手術の画像、右は経鼻内視鏡手術の画像です。

同じ腫瘍を2方向から観察して摘出を進めることで、死角を減らして腫瘍の取り残しをなくし、重要な血管や神経を確実に残すための手術法です。

【最後に】

同じような場所にできた腫瘍であっても、腫瘍の大きさや広がり方、脳神経や脳血管など周囲の重要な構造物との関係で、大きく開頭した方がよい方、小開頭での鍵穴手術が行える方、経鼻手術が適している方、などさまざまです。
複数の手術方法を高いレベルで提供でき、特に頭の深部に髄膜腫や頭蓋咽頭腫、下垂体腺腫などの腫瘍がある方に対し、より確実で脳や体への負担が少ない手術法を選んで提案できることが、当院の強みです。
これからもより多くの患者さんに最新の医療技術とチームの力で貢献できれば幸いです。

文責 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 神経内視鏡センター
岸田 悠吾