背骨は7個の頚椎(けいつい)、12個の胸椎(きょうつい)、5個の腰椎(ようつい)、仙尾骨(せんびこつ)より成っています(図1)。一般的に年を重ねることによって変形(変性ともいいます)を来たしやすいのは頚椎と腰椎です。腰椎の変性疾患の代表的なのが腰部脊柱管狭窄症で、変形した腰椎と骨の中にある靱帯(じんたい)が肥厚して腰椎の中にある神経を圧迫するために生じる病気です(図2)。この病気の主な症状は腰痛と脚の痛みとしびれですが進行すると脚の筋肉が麻痺(まひ)して動かしにくくなったり、尿意・便意が感じにくくなったりします。また特徴的なのは間歇性跛行(かんけつせいはこう)といってある程度の距離歩くと脚が痛くなってしばらく休まないと歩き続けられなくなる症状です。
(ア)薬物治療:いわゆる痛み止め(消炎鎮痛剤)、筋肉をほぐす薬、ビタミンB12製剤のほか最近は血管拡張薬の一種であるプロスタグランジン製剤が圧迫で血の流れが悪くなった神経の血の流れを改善して症状が軽くなる場合もあります(表1)。
(イ)リハビリ治療:骨盤牽引、電気治療、温熱療法、マッサージなどがあります。
(ウ)ブロック治療:神経の圧迫がまだそれほどひどくない場合は各種ブロック治療で症状が軽快する場合もあります。
(エ)手術治療:上記のような治療を行っても痛みやしびれがひどくて日常生活の支障になる場合、足首を自分の力で動かせなくなったり、尿意・便意を感じなくなってしまった場合は手術治療を行います。手術方法は大きく分けて2通りあり、背骨自体が安定している場合は神経の圧迫を取り除く除圧術(じょあつじゅつ)を、背骨がゆがんでいたり、グラグラ動いて不安定な場合は神経の圧迫を取り除いた後に骨を移植して金属のネジと棒で固定する除圧固定術(じょあつこていじゅつ)を行います(図3)。
背骨を手術するためには正常な皮膚、筋肉を切ってどけなければ手術することはできません。大きく切ればそれだけ正常な皮膚と筋肉にダメージ(侵襲といいます)を加えることになります。当院整形外科では従来腰の手術で大きく皮膚を切って行う除圧固定術に代わり小さなキズで正常な筋肉のダメージを最小限に抑えることのできる低侵襲脊椎手術(ていしんしゅうせきついしゅじゅつ)を行っています。この手術を行えるのは腰部脊柱管狭窄症の中で神経の圧迫が1箇所もしくは2箇所で、背骨自体の変形、不安定性が重症でない場合です。3箇所以上の神経の圧迫が存在したり、横に大きく背骨がゆがむ側弯症(そくわんしょう)を合併している場合はこの方法は難しくなりますが、この方法では手術できないということで、従来どおりの方法では可能です。
(ア)手術のキズ:除圧術のみの場合は約4cmのキズ1つで、除圧固定術の場合はこの4cmのキズに加え一回り小さなキズが2~3つ必要になります。
(イ)手術内容:小さなキズを介して神経を圧迫している腰椎を削って圧迫を取り除いたり、背骨の中に金属のネジや棒を挿入したりしますが、この時正常な筋肉のダメージを最小限に抑え、手術を正確に適切に行うことは非常に困難です。当施設では内視鏡とナビゲーションシステムを使用してこれを可能にしています。内視鏡とは小さなキズから体内に挿入して中の状態をTVモニターで拡大して見ることができるもので、各診療分野で使われています。ナビゲーションシステムはその名のとおり、車のナビゲーションと同じです。車のナビゲーションは今車が街のどこを走っているかモニターに映し出すものですが、背骨の手術で使用するナビゲーションは今背骨のどの部分を削っているか、どの部分に金属のネジを入れているかリアルタイムでモニターに映し出すことができます。つまり小さなキズで行う手術は通常は背骨全体を把握することができませんが、ナビゲーションを使用することによって見えない背骨の部分も見えて全体を把握することが可能となり適切で正確な手術ができる訳です(図4)。
(ウ)術後のキズの痛み:手術にはキズの痛みがつき物ですが小さなキズ、正常筋肉のダメージを最小限に抑えることによって痛みは従来法に比べ劇的に少なくなっています。また従来の方法では後遺症のひとつとしてキズの周りの筋肉が硬くなってしまうことが時として起こりましたが、この方法では腰の筋肉が殆どダメージなく残されているのでこういった後遺症も起こりにくくなります。
(エ)術後のスケジュール:手術当日、翌日は上向きでベッド上安静ですが、横向きになることは可能です。通常2日目にコルセットを装着して歩き始めていただき、経過良好であれば術後1週間から10日で退院可能となります(図5)。
(オ)退院後の生活:順調であればコルセットをきちんと装着して通常の日常生活を送っていただくことになります。コルセットは手術法によって素材、大きさが異なりますが退院後の通院で担当医から指示があるまで着用していただくことになります。スポーツなどをされる方の復帰時期はおおむね2、3ヶ月ですがスポーツの種類、手術法によって開始時期が異なりますので、同様に担当医が外来で判断して行きます。
腰部脊柱管狭窄症で治療中であるが症状に変化がない、手術方法についてもっと詳しく聞きたい、他院で手術を勧められたが迷っている、など診察、セカンドオピニオンを希望の方は月曜日以外背骨の専門医(脊椎脊髄外科指導医)が外来を行っていますので、可能であれば紹介状、レントゲン写真などをご持参の上受診してください。