ソケイヘルニアの主な症状は足の付け根(専門用語でソケイ部といいます)のふくらみです。立ったり、力んだり、長時間の立ち仕事をした後に足の付け根がふくらみ、時として痛みを感じることもあります。そして、横になればふくらみは無くなってしまうことが多いと思います。このふくらみは、お腹の中から腸や脂肪組織など(男性なら小腸または大腸、女性ならそれらに加えて卵巣や卵管など)が出てきているために起こります。どうして出てくるのでしょうか?
それは下腹に穴があいているからです。立つと下腹に圧力がかかって腸が腹壁の穴から出てふくらみ、横になるとお腹の中に戻ってふくらみは無くなります。
では、なぜお腹の壁に穴があいているのでしょうか?原因は主に二つあります。
ひとつは生まれつきの問題です。これには男性は精巣(睾丸)、女性は卵巣が関係してきます。胎児のころ、お腹の中でつくられた睾丸や卵巣は、からだの内側に沿って降りてきて、下腹の壁をすりぬけて一度からだの外へ出てきます。そして、睾丸は陰嚢におさまり、卵巣はまたお腹の中に戻ります。通常、すりぬけた腹壁はすぐふさがるはずですが、生後もふさがらないままの状態で生まれますと、小児のヘルニアとなります。赤ちゃんが泣いたり、いきんだりしたときに、ソケイ部がふくらむことで見つかります。
比較的若い方(40歳代以前)の中には、小児のころにはヘルニアでなかったのに、年をとってヘルニアの症状が出てくる場合があります。それは穴のふさがり方が中途半端な場合に、年齢とともに圧力が加わって開通してしまうことがあるからです。
もうひとつは、高齢な方に多くみられるタイプです。加齢によって筋肉が弱くなって壁の一部に穴があくものです。
穴のあく位置はどちらも非常に近いために、一見すると同じように見えますが、この違いは手術の方法に影響します。
根本的な治療方法は、手術以外にはありません。薬では治りません。ヘルニアバンドという道具が販売されていますが、これを使ってもヘルニアが根本的に治るわけではありません。では、どのような場合に手術が必要になるのでしょうか?次に示すような二つの場合があります。ひとつはカントンしたことがある場合です。カントンとは、ソケイ部が硬く腫れてとても痛くなり、ふくらみを押してもなかなか戻らないことです。このような経験をしたことがある方は、できるだけ早期に手術することをおすすめします。これは、穴から外へ押し出された腸管がねじれて血行障害を起こしたために痛くなったもので、そのまま放置すると腸が腐って腹膜炎を起こす可能性があります。腹膜炎を起こした場合は、通常のソケイヘルニアの手術よりもっと大きな手術をしなければなりません。入院も長くなり、生命の危機に瀕する可能性もあります。
ソケイヘルニアの手術方法にはいろいろなやり方がありますが、大きく分けて従来の方法と最近の方法の二つに分かれます。
従来の方法の大まかな原理は、近くの筋肉や腹膜を利用して、腹壁の穴をシャッターのようにふさぐ方法です。しかし再発率がかなり高く、病院によって差がありますが、5~36%(平均20%)と報告されています。
これに対し、最近の方法はポリプロピレンという化学繊維を使用する方法です(Tension free plug methodといいます)。当院はこの方法で手術を行っています。ポリプロピレンでつくられたプラグをヘルニアの穴に詰めて、その上からメッシュを置いて補強します。当院でこの方法を採用している理由はいくつかあります。まず再発率が低いことです。当院の再発率は最近ではほぼ0%です。それ以前の1994年から1997年までは約3%でした。ついで手技が容易なことです。そのため術者によるばらつきもほとんどありません。
また、当院では局所麻酔という麻酔方法を選択しています。この麻酔方法は、手術を行う部分だけに麻酔薬を注射して麻酔をかける方法です。他の脊椎麻酔などの方法に比べて、からだへの負担の少ない点は大きな長所です。また局所麻酔は手術直後から歩くことができ、自分でトイレにも行けます。食事も薬(抗凝固剤のみ制限します)も制限がありません。つまり手術をした日も、日常生活をそのまま営めるということになります。
手術は人間が行うものであり、全く危険や合併症がないわけではありません。
当院では手術中に重大な事故が起きたことはこれまでにはありません。しかし合併症の危険性が全くないわけではありません。軽微なものとしては薬に対する蕁麻疹(軽度のアレルギー)がありました。アレルギーには症状に大きな差があります。手術前や手術中、手術後にはいろいろな薬を使います。手術前投薬(眠くなる薬)や局所麻酔薬、手術後に使う化膿止めによって、軽い蕁麻疹、ひどい場合にはショックになる可能性があります。今のところ、アレルギーを効果的に予測できる手段はありません。
手術後に起こりうる問題を早期と長期に分けて説明します。(図1)
早期の問題として手術後の創の感染があります。手術後に傷が化膿して膿が出てくることです。感染を起こした方々の共通点は、緊急手術、糖尿病、前立腺肥大症(失禁)による傷への汚染などがありました。1~2ヶ月かかりましたが中のメッシュ等を除去せずに消毒のみで治っています。
長期の問題としては、再発と安全性の問題があります。先ほども述べた通り、当院の再発率は1%以下(ここ3年間ではほぼ0%)です。原因を判定するのは難しいのですが、ひとつは手術を行う我々の技術的な問題がないとは言えません。もうひとつは、患者さんの体質があります。再手術の経験からは、このような患者さんには組織の炎症反応(傷を治すからだの反応)が弱いという印象があります。この手術は炎症反応を利用しているため、炎症反応が弱い場合にはしっかりフタが出来ない場合もあります。おそらく、この二つが重なった場合に再発を起こすと思われます。不幸にも再発した場合は、再手術ということになります。
次に安全性の問題です。リヒテンシュタインというヘルニアの専門家の報告が参考になります。それによると5000例を超える20年間以上の実績では、ポリプロピレンメッシュはアレルギー誘発性がなく、発ガン性もなく、感染に対して強い抵抗力を持つ働きをするとされています。
その他に、手術後1~2ヶ月は手術をした部分に違和感が残ることがあります。これは手術を行ってから、からだがこの状態に慣れるまでに、これくらいの期間がかかるようです。2ヶ月以上続くこともあります。また、術後の創は多少硬くなります。程度にはかなりの個人差があることがアンケートから判っています。
ヘルニアの手術は金曜日の午後に行っています。当日は朝食後、何も食べずに10時に入院していただきます。術後は順調であれば、日曜日に退院となります。
手術室に入室後は、心電図を胸に貼り、点滴をします。局所麻酔をするのと同時に、眠くなる薬を手術中にも使うのであまり覚えがないかもしれません。(図2、図3)手術にかかる時間は約1時間です。手術中に医師が「力んでください」とお願いすることがあると思います。この時には、医師に協力をお願いします。手術が終わってからもこの薬の影響でぼぅっとするかもしれません。一眠りするとスッキリするようです。(※なお当院は3次救急担当の病院であるために、予定外の緊急手術を行う場合があります。このような場合は手術時間を変更する場合があります。何卒ご協力をお願いします。)
手術後に付添いは必要ありませんが、手術中にトラブルが起きないとも限りません。どなたか家族の方が、手術前1時間くらいから手術後2~3時間くらいはそばにいてください。
手術が終わり1~2時間もすると局所麻酔が切れて少々痛くなる場合があります。(図4)痛み止めを用意してありますので、看護師にお申し付けください。しかし翌日からはどんどん良くなります。
当院の方針として、手術を担当する主治医は当方でよく協議した上で決めさせていただいています。
また、手術前の2回目(または3回目)の外来受診は、外来担当医師より術前検査の結果や手術術式等の説明があります。手術をするにあたって、配偶者または親権者の同意が必要です。この時は必ずご家族の方(配偶者、親権者等)と一緒に受診してください。
創部(傷口)は吸収糸(溶ける糸)で縫合してありますので抜糸の必要はありません。また、創部を保護する保護膜(ボンドのようなもの)を塗布しますので、消毒も必要ありません。創部をこすらなければ、入浴も可能です。退院後の通院は特に問題がなければ、1回または2回で終了となる予定です。受診日時は主治医と相談して決めることになります。
退院後の安静度についてお話しします。この手術は炎症反応を利用しているため、最低4週間は無理な動作はしないでください。ゴルフや山登り、ランニング、ウォーキング等、腹圧が上昇するようなことは避けていただきます。実際に再発した人の話では、3週目に自転車を思いきりこいだところ再発したとのことです。
日常生活に関しては全く制限はありません。事務仕事であれば退院後すぐに再開していただいてもかまいません。またトイレで力むくらいは大丈夫です。